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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)875号 決定

再抗告人 長谷部伝治

主文

本件再抗告を棄却する。

再抗告費用は再抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。抗告人と有泉此次郎間の甲府簡易裁判所昭和三十三年(ハ)第四六七号建物収去、土地明渡請求事件の和解調書更正決定はこれを取り消す。有泉此次郎の更正決定の申請はこれを却下する。抗告費用は右有泉此次郎の負担とする」との裁判を求める旨申立て、その抗告理由として、別紙再抗告理由書記載のとおり主張した。

抗告理由第一点及び同第二点について、

和解調書は民事訴訟法第二百三条により確定判決と同一の効力を有するのであるから、同法第百九十四条によつて、裁判所はいつでも申立又は職権をもつて更正決定をすることができるのである。同条にいう明白な誤謬とは、その記載された文言の前後より推究し、またはその事件について従来現れた訴訟資料と対照して、それが誤記であることが判る場合を指すものと解するを相当とする。してみれば、本件和解調書の「解除をなした場合は被告は直ちにその賃貸土地を無条件原告に対し、明渡さなければならない」とある和解条項の「無条件なる」記載は、本件記録により明らかな同調書の請求趣旨の記載及び本件土地に抗告人所有の建物が存在することが当事者間に争のない事実並びに右和解条項の趣旨等からみて、「同地上に存在する請求趣旨記載の建物を収去して」と記載すべきものを誤つて表現したものであると認めるを相当とするから、これと同趣旨にでた原審の更正決定は正当である、といわなければならない。

和解調書についても、民事訴訟法第百四十七条の準用があることは抗告人主張のとおりであるが、同条は口頭弁論の方式に関する規定の遵守について定めたものであり、本件更正決定は和解の内容についてなされたものであるから、同条に違背することを前提とする抗告人の主張もその理由がない。

よつて、本件再抗告は理由がないから、これを棄却することとし、再抗告費用は抗告人の負担として主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

再抗告理由書

第一点原決定は法律の適用を誤つた甚だしい違法がある。蓋し原決定は本件和解調書第六項に「右解除をした場合は被告は直ちにその賃借土地を無条件原告に対して明渡さなければならぬ」と記載してある文言は「同地上に存在する請求の趣旨記載の建物を収去して」との趣旨を当然包含すべきであつてこれを記載しなかつたことは民事訴訟法第一九四条第一項にいわゆる「書損」に類するものだと判断している。

然しながら前示第一九四条第一項に「書損」とは例へば「太郎」を「次郎」と「右」を「左」と「東」を「西」と誤つて書いた場合換言すれば文理上その誤記なることが一見明瞭な場合を指すのであつて、例へば「太郎」を「東」と「右」を「次郎」と「東」を「左」と誤記した場合は既に書損と云うことはできぬ何となればこれらの文言は全くその文理解釈を異にするからである。

従つて前示「賃借土地を無条件明渡さなければならぬ」との文言と「同地上に存在する請求の趣旨記載の建物を収去して」との文言は全たく別個の表現であつてその文理解釈を異にし到底「書損」とは云へぬことは明らかである殊に法律上土地明渡の義務と建物収去の義務とは全く相異つた内容の義務であつて、たとへ「無条件」なる文字が附加されていても前者が後者と同一文理解釈であり従つて前者が当然後者を包含するものと解することは許されぬものである。蓋し民事訴訟法においても前者即ち土地明渡に関する強制執行は単に執行文のみで強制執行ができるが後者即ち建物収去に関する強制執行は収去命令を俟たねばこれを行ふことができず両者の義務は全たくその内容を異にするからである。若し強いて云ふならば本件和解調書は第六項に「同地上に存在する請求の趣旨記載の建物を収去して」なる文言を脱漏したものと云ふべきである。

しかし前示第一九四条第一項は単に「違算、書損其の他之に類する明白なる誤謬」と表示して脱漏の場を含まぬのみか同法第一九五条は「裁判所カ請求ノ一部ニ附裁判ヲ脱漏シタトキハ訴訟ハ其ノ請求ノ部分ニ附仍裁判所ニ繋属ス」と定めている。

前示調書第六項が無条件明渡の請求に関してのみ和解条項に表示して建物収去の請求に触れなかつたのは正に本条にいわゆる裁判の脱漏であつてこれを第一九四条第一項によつて更正するは違法もまた甚だしいと云ふべきである。

第二点原決定は法律の解釈適用を誤つた違法がある蓋し和解調書は民事訴訟法第一四四条第一号の規定によつて口頭弁論調書と同一の効力があるので同第一四七条の適用を受くべきは勿論である。

従つてその調書に記載なき文言は口頭弁論において陳述せられなかつたものと解すべく漫りにこれを附加演訳することは許されない。

原決定はその理由において「しかして和解調書における明白な誤謬とは和解調書の記載内容や文言の前後から判断しあるいは和解調書自体からではなくとも(和解調書の記載と)その本件にあらわれた訴訟資料とを対照すれば調書の表現が誤りであることが看取されかつ本来更正決定主文に記載されたように表現せらるべきであつたことが知得できる場合を指していると解せられる」と判断している。しかしもしこの解釈が許されるならば前示第一四七条の規定はその根営から崩壊し口頭弁論調書(従つて和解調書)はそれ自体明白に記載がなくともどこまでも類推または拡張解釈ができる結果となるであらう即ち本件和解調書の場合その条項中に土地明渡の文言のみ記載され建物収去の文言を記載しなかつたのは建物収去に関する当事者の陳述がなかつたものと解すべきであつて土地明渡の文言を類推拡張して当然建物収去の文言をも包含するものと解することのできぬことは云ふまでもない。

因つて前示更正決定は口頭弁論(従つて和解)において全たく当事者が陳述しなかつた文言を調書へ附加するものであつて違法と云ふべき従つてこれを認容した原決定もまた違法だと云ふべきである。

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